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③ 世界遺産・日光の社寺へ行く 【東照宮】

2009年04月29日 23:59

世界遺産・日光の社寺へ行く
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表参道まっすぐ正面、日光【東照宮】。 今日のメインです。すっごい長文です。
P1200927.jpg  P1200928.jpg



まず、石造りの「大鳥居」。 ここから東照宮の結界です(笑)。
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ちょ…、何の感慨もなくサラッとくぐってゆく二人ってば!
京都八坂神社と鎌倉八幡宮、そしてココ!、日本三大「石」鳥居なのよ。
江戸時代造に限ったら、「日本一!」なの。
ちなみに、高さ9m、幅6.8m…、待ってよーー。



鳥居をくぐると、左に「五重塔」。
東照宮・五重塔
周りに樹齢を重ねた高木がたくさんあるから目立たないといえど、高さ36m!
ここの見どころは動物彫刻。十二支で方角を表してるんですって。
この五重塔も、免震っていう現代でも通じる耐震性が考慮されていて、
今までの数々の地震でも持ちこたえているの、
それは日光に限らずだけれど、ほんと昔のヒトの職人技術ってスゴイわ。



さすがに東照宮はニギヤカです。正面に見えるのは、最初の門、「表門」。
東照宮・表門
あまり迫力ない仁王像が睨みをきかせてます。2体で、阿吽(あうん)。
東照宮・表門 (2)  東照宮・表門 (1)
この門には、唐獅子、獏、麒麟、虎など82の雅な彫刻があるの、ほんとは。
東照宮に多いという「獏」は、平和への願いがこめられているとか。
東照宮・表門 (4)  東照宮・表門 (3)



表門を抜けると、ちょっと空気が変わります。
鮮やかな朱塗り、L字型に配された3つの蔵、「三神庫」(さんじんこ)。
東照宮・三神庫 (2)

P1200956.jpg  東照宮・三神庫 (3)  東照宮・三神庫 (4)
正倉院の校倉造りを模したそうで、流鏑馬(やぶさめ)の道具や、
祭事の装束を千人分以上、などが収められている お宝の蔵ね。
東照宮・三神庫
こちら、一番西の上神庫の妻側には「想像の象」が。
本物の象を知らない狩野探幽によるもので、確かに耳や尻尾が…。



三神庫の南には、神厩(しんきゅう)。
東照宮・神厩
馬舎ですわね。ここだけは東照宮で唯一、漆を塗ってない素木造り。
ちなみに神馬は白馬限定だそうよ、
ってことは日本では、白馬の王子はハカマの宮司さま?…(笑)。

馬を病気から守るのが猿ってことで、馬舎の彫刻が、あの有名な三猿!
東照宮・神厩 (2)
見ザル言わザル着飾る、もとい聞かザル。 ああ、見習いたい。
でも、使える機能のうち3つも封じたら…しんどいわ、私には。
三ザルだけでなく、8面に渡ってサル物語が描かれているの。
東照宮・神厩 (3)東照宮・神厩 (4)東照宮・神厩 (6)
なんでも「猿(人)の一生」をあらわすようなストーリーだそうよ。



三神庫と神厩の西には、豪華な手水舎「御水舎」(おみずや)があります。
東照宮・御水舎 (1)
東照宮は、手水所(ちょうずどころ)発祥の地とも言われてるの。
青も鮮やかな波と、飛竜の彫刻。
東照宮・御水舎 (2)
過去の日本のトップ(将軍たち)は、ここで清めたのね。恐れ多いけど私も。



この先へは、「唐銅鳥居」(からどうとりい)をくぐります。
東照宮・唐鳥居
青銅製としては日本初。神社には珍しい蓮の花が足元にあしらってあります。
この先の陽明門とこの鳥居を結んだ方角(南)に、江戸があるのね。
東照宮・唐鳥居 (2)



鳥居をくぐるとすぐ左手には「輪蔵」。
東照宮・輪蔵

東照宮・輪蔵 (1)



そして参道の左右に、「鼓楼」と「鐘楼」など。
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P1200961.jpg P1210012.jpg P1200963.jpg
ここにも「獏」が。
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輪蔵の西奥には「本地堂」(ほんじどう)があります。別名、薬師堂。
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内陣天井に「鳴竜」が描かれていることで有名よね。内部は撮れないけど。
竜の頭の下で音を出すと、竜の鳴き声(天井と床の共鳴音)が聞こえるというね。
私が子どもの頃は自分の手をパンと叩いてよかった気がするけれど、
それでは多くのパンが響いて聞こえないのでしょう、
現在では係りの方が代表して拍子木を打って、全員で聞く方式でした。
縦6m・横15m、檜の板を34枚も使っているという大型画なのですが、
ここの竜は、あまり怖い顔はしてないの。



戻って、やっと国宝「陽明門」(ようめいもん)。もはや日光の顔ですね。
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空に羽を広げてるかのような全体の迫力もすごいけど、
天井には「昇竜(八方にらみの竜)」と「降竜(四方にらみの竜)」も描かれ、
霊獣と呼ばれる想像上の生き物だけでも194体も配されてるそうよ。
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一日じっくり日が暮れるまで見入ってしまうことから、別名「日暮らし門」だとか。
それほどに、造作、彫刻、彩色、金具など当時の工芸技術の粋が集約されてる。
ここを「門だろ?」と言ってサッと行ってしまったヒトがいます、シンジラレナイ。

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陽明門の柱は12本。白塗りで、魔よけのグリ紋という地紋が刻まれてます。
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北側のこの1本だけは天地(上下)さかさまに立ってることで有名。
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つまり、まだ未完成だ、ということにしてあるのね。
「完成した途端に破滅に転じるという輪廻」封じ、みたいなものね。
家を建てる時に、あえて「やり残す」ことで家を護る、
現代では聞かなくなってきた風習というかね。
ちなみに我が家は永遠の未完成です、たぶん。

この門には、意味のある稚児の彫刻も施されています。
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仲良く元気に遊んだり殴ったりイジメられたり、また遊んだり(笑)。
神職さんが仰っしゃるには、
「幼少の頃から人質として辛苦をなめてきた家康公だからこその、平和への願い」
が込められてるそうな。奥が深いのね、ただの門にあらずね。
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この門を見るだけでも確かに感嘆です、技術の高さに。



陽明門を抜けると正面には、やはり国宝の「唐門」が…あるはずなのですが、
残念なことに唐門と透塀(すきべい)は、ただいま補修真っ最中。
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これも貴重な文化財保護、仕方ないですね。
ここには黒い顔したイケメン昇龍や七福神など彫られているけれど、
このくらい寄って撮るのが精一杯。
どのみち唐門は、大きな祭典の時や国賓相当の参拝者しか使えないらしいので、
見るだけの門ですが。



陽明門をくぐって左手には、「神輿舎」(しんよしゃ)。
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豪華な神輿が3基、おさめられてます。中央が徳川家康、
左は源頼朝、右は豊臣秀吉が乗るんですって。ふーん(個人的には複雑)。
見てないですが、ここの天井には「天女舞楽(がくぶ)の図」が。
日本一の美人天女と言われる、お方だそうよ。



こちらは「神楽殿」(かぐらでん)。
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春の大祭では、ここで八乙女(やおとめ)という巫女さんが神楽を舞うそうよ。
神楽殿は、屋根も唐様ではなく、ピッとした直線が美しい和様式です。



陽明門をくぐった右手の奥には、雅な「祈祷殿」(きとうでん)。
護摩堂(ごまどう)、上社務所(かみしゃむしょ)とも呼ばれます。
神仏ごっちゃにされた時代があるので、呼称も混乱のあとがあるのね、
誰のせい↑とは、ここで触れないけども。
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ご祈祷をお願いする際は、こちらで。
裏手でスタンバイして、今まさに入ろうとしている神職さんたち。
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建物前には、書くだけの祈願札も置いてあります。
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突き出た横柱に人が当たってしまうためか、発泡スチロールのガードが(笑)。
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サイズぴったり。あつらえたのかしら。
場に似合わないけれど、保護優先の苦肉でしょうね。



その奥は、靴を脱いであがり、東照宮で最も神聖な場所とされる「本社本殿」。
神霊が祀られているという内々陣より2つくらい手前の間まで入れますが、
全面的に撮影NGです。
幣殿(へいでん)の正面では、神職さんがお話してくれました。
平和な時代にしか生きられない「獏」、東照宮内に78頭彫られていて、
そのうち54頭が最も重要な本殿に配されているのも平和への強い願いなのだとか。
さすがに将軍着座の間や石の間、本社拝殿などは見ていません、
普段から見学できない場所なのか、今回だけなのかは分かりませんが。
西日が差し込むと影が畳に写りこむという「彫刻の透かし壁」、キレイでした。





祈祷殿の南には、東回廊の奥社に通じる参道への入り口があり、
ここから先は別料金です。

通路脇の朱塗りの廊下は、「時代絵巻」に誘い込んでくれる舞台みたい。
東照宮奥社 (1)
通路の天井近くにあるのが、夢子が見たがっていた「眠り猫」!
東照宮奥社 (2)
正直、とっても小さいです、想像よりも。
なので夢子も「え?あれなの?ほんとに?」と…。
手前の鳥のほうが日も当たって目立つ感じ。注意してないと見落とすからか、
大きな矢印の張り紙で教えてくれます。
東照宮奥社 (3)

眠り猫の下をくぐると、奥社に通じる「坂下門」。
東照宮奥社 (4)
ここから先は、江戸時代には将軍しか入れなかったそうなの。
この門も、当時は「開かずの門」でした。
彫られた牡丹と唐草のデザインセンス、今でも通用しますよね。素敵。
東照宮奥社 (5)

坂下門を抜けると、坂道+急な石段が、かなり長く続きます。
東照宮奥社 (6)
苔むした石垣に心を寄せるのも最初だけ。
あまりのキツさに私はぜいぜい息切れて、本気で先を断念しようかと思ったくらい。
将軍だけしか通れなかったにしては、難所だわ(笑)。体力なきゃ無理よ、まじで。


やっと頂上に到着。神域中の神域ってわけね。
でも私は、酸素ください、って感じ。空気は澄んでて美味しいけども。
青銅製の銅鳥居をくぐってすぐ右脇の、この建物の前で息を整えます。
こちらは「銅神庫」(どうじんこ)。
東照宮奥社 (8)
お仕置き部屋みたいで怖かったけれど、本当は宝蔵(ほうぞう)。
江戸時代には、家康公の位記(いき)とか、甲胄や刀剣などを収めていたそうです。


進むと、奥宮の「拝殿」。
東照宮奥社 (11)
東照宮奥社 (9) 東照宮奥社 (10)
こちらは朱でなく黒の漆が塗ってあり、シックな落ち着き。
でも内部は、金箔や極彩色の色付けで絢爛豪華だそうよ。

奥社一連は、基本的に建物内部に立ち入る公開はしてないようで、
敷地の枠側に設けられた通路をグルッと周り、外から眺める趣向。
それだけ保護したい大切な場所なんでしょうね、
なにせ「家康公が祀られている場所」ですから。
「え!ここもお墓っ?」と引く夢子。 
だから何でもお墓って思うのは、やめなさいっての!(古墳しかり)


拝殿の奥、見るだけですが、「鋳抜門」(いぬきもん)。
東照宮奥社 (13)
扉以外の柱や梁を1つの鋳型で作ったことから鋳抜門なんですって。
恐ろしく高度で細かくて力のいる技術だわ。
門前の石段にも、ちゃんと狛犬が護る配置。
この画像では見にくいですが、門袖には、ツバメを食べ、気を吐き、
楼台城郭(ろうだいじょうかく)を描き出すという、蜃気楼の蜃が。


鋳抜門の奥に安置されているのは、「奥社宝塔」(ほうとう)。
東照宮奥社 (14)
宝塔に納められているのは家康公の神柩(しんきゅう)ですって。
建立以来、一度も開けられたことがないってのが怖いような…。
8角9段の石積みの上に、うやうやしくのっている宝塔。
8角は方位でしょうけど、9段ってのも何か理由があるんでしょうね、
つくづく「ほんっとに細かい思い入れや仕掛けに満ちた場所」だわ、東照宮。
宝塔の前に置かれてるのは、鶴のロウソク立て、香炉、花瓶。どれもビッグサイズ。


宝塔のすぐ西には、幹が途中で伐られ、根元に大きな裂け目がある杉が1本。
願いを叶えてくれるという、樹齢600年の「叶杉」(かのうすぎ)。
東照宮奥社 (15)
静謐な空気が漂う御神木。 お賽銭を入れ、手を合わせます。
夢子はいたく気に入ったらしく、奥社の授札所で叶鈴守を求めてました。


ぐるりと廻って、奥宮の拝殿を裏から見た図。
東照宮奥社 (17)
ほんの少し開けてあるので見たかったんですが、やはり覗き込めませんでした。
見えないと興味が、いえ、ありがたみが増しますね。


奥社は、ここまで。 道を戻ります。
さきほど四苦八苦して上ってきた参道は、下りなので楽でした。
東照宮奥社 (19)
東照宮の屋根屋根を見下ろすってのも、奥宮の特権なのかも。
坂下門を抜け、眠り猫をまた仰いで外に出ると、陽明門の裏手広場に戻ります。





この境内も、おびただしい数の燈籠があちこちに立っているのですが、
その数なんと123基ですって。献納した諸大名がたも大変ね。
1基1基、形も作りも違うので、燈籠巡りだけしても面白そう(私はね)。
この燈籠脇には神職さんが立ってらした。1体1体ちがう神職さん…って当然か。
P1200999.jpg
P1210011.jpg P1210017.jpg 東照宮・御水舎
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『人の一生は重荷を負ひて遠き道をゆくが如し』 
この東照宮は、徳川家康の遺志で作られ、後に家光によって整えられたもの。
その生涯を耐えに耐えて「平和」にこだわったという家康。
彼の時代の悪しき制度は別として、
安心して平和に暮らせる幸せな世…、今昔、変わらない願いですよね。




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